2001/02/05

 

 

鶴ヶ岡八幡宮 旗上弁財天

鶴ヶ岡八幡宮 旗上弁財天

 寿永元年(1182)に北条政子が、大庭景義や専光坊に命じて八幡宮境内の東西に池を造らせ、東の池は源氏として三つの島を造り、三を産として祝、西の池は平家として四つの島を造り、四を死として、平家の滅亡を祈ったとされます。その後、東の池に弁財天を祀ったことが旗上弁財天の興りです。しかし明治の神仏分離で破却され、昭和31年になって篤信家によって再興されて、昭和55年の鶴ヶ岡八幡宮800年を記念して古図に基づき復元されました。なお、これらの島は今も残っています。

 

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